仙北マタギの森Part1 仙北マタギの森Part2 山釣りの世界TOP


八滝沢後編・・・マタギが放流したイワナの子孫、巨樹の森・マタギの森、熊の爪痕、ナタ目、雑キノコ
移植放流したマタギの心、「渓流魚と人の自然誌」
 大高巻きを終え、やっと豆蒔沢出合に降りる。八滝沢は、ここまでわずか1km弱しかないが、標高差は200mもある。沢の勾配のきつさを考えただけで、いかに滝が多いか分かるだろう。一般的にイワナが生息する限界勾配を超えている。もともと、この険谷にはイワナが生息していなかった。

 滝を幾つも越え、下流で釣り上げたイワナを移植放流したのは、イワナ釣りが好きだった故秩父孫一マタギ(白岩)だった。彼は、熊猟の合間にお助け小屋に置いてあった釣り道具と一斗缶を背負い、魚止めの滝に向かった。「今日は○番目の滝まで放流してきた」と、イワナの放流を得意げに語っていたという。
 豆蒔沢出合い上流、両岸屹立する狭谷に懸かる幽谷の滝

 彼は、なぜこんな険谷に危険と苦労をいとわず、イワナの放流を続けたのだろうか。魚しか見えない釣り人なら、自分の隠し釣り場を作るためだろうと考えるに違いない。しかし、そんな浅はかな欲だけでこの険谷に移植放流を実行できるものではない。

 聞くところによると、清冽な谷にイワナがいないのはおかしい・・・ただそれだけのことだったらしい。考えるに、自分が生かされてきた山とイワナに対して、恩返しをするつもりだったのではないか。その感覚は、この恵み豊かな和賀山塊に生かされてきた人にしか分からないことのように思う。
 各地の源流を旅していると、こうした移植放流の歴史は数限りなく存在している。「釣り人が入ればイワナが枯渇する」との意見もよく耳にするが、現実は決してそうではない。漁業権の及ばない源流では、むしろ、「釣り人が入ってこそ、イワナは残る」とも言える。それは、労作「渓流魚と人の自然誌 山漁」(鈴野藤夫著)にも克明に記されている。

 「淡水魚の分布は、水温や餌生物などの生態的条件、滝、酸性河川などによる地形的・水質的な条件によって一応決まる。しかし、あるがままの自然は時として地震や洪水で変化し、魚の分布を変える。しかも、人間自らが分水嶺をこえてイワナやアマゴを移植したり、上流に運ぶのである。・・・渓流こそ、自然と人間がより素朴にそして直接かかわってきた世界ではなかったか」
 険谷の滝右岸を巻いていると、やっとブナハリタケの群生に出会う。名前が示すとおり、ブナの倒木、枯れ木に大量発生する。甘い独特の香りがあり、油炒めや煮付けが美味い。昨日の雨で水分をかなり含み、このまま背負うとやたら重い。ナイフで切り取った後、水分を絞って背中に担ぐ。
 崩落した急斜面は、安全のため20mの布テープを使って谷に降りる。
人はなぜ釣りに夢中になるのか・・・
 渓はやっと開け、逆光に輝く源流を釣る。こうした太古の自然に分け入ると、なぜか縄文時代にタイムスリップしたような感覚に襲われる。それは、眠っていた「狩猟採集時代の遺伝子」が呼び覚まされるからに違いない。だとすれば、私たちが金にもならない釣りに夢中になるのは、その遺伝子が騒ぐからではないだろうか。
 これは9月上旬、稲川町東福寺ため池で行われた「池干しとザッコとり」の様子。下流にヤナを設置し、池の水を排水する。池に生息していたヤマメやコイが大量に流れてくる。冷静だった子供たちは、その瞬間、目の色が変わる。子供たちは、逃げる魚を見つけると、全身泥だらけになりながら夢中で追い掛ける。その姿を眺めていると、眠っていた「狩猟採集の遺伝子」が突然騒ぎ出したとしか思えなかった。

 毎年、早春の山菜採りやタケノコ採り、キノコ狩りのシーズンになると、遭難騒動が新聞を賑わす。特に80歳前後の高齢者ともなれば、「危ないから、もう山に入るのはやめろ」「直売で買った方が安い」などと言われる。しかし、シーズンになれば、足が動く限り山に入る。どうもこの奇妙な習性は、合理的に説明できるものではない。

 人間も、元をただせば「自然の子」・・・ならば、お金にもならない狩猟や釣り、山菜採り、キノコ狩りに夢中になるのは、その遺伝子が騒ぐだけのことではないだろうか。それをお金で買っている人たちは、その遺伝子がただ眠っているだけ・・・と、最近つくづく思うようになった。また、イワナ釣りや山菜・キノコ採りは、山人たちが抱く「畏敬と感謝」「山に生かされている」感覚を取り戻す一番の近道だと思う。
仙北マタギが放流したイワナの子孫
 斑点は大きく鮮明で、側線より下は鮮やかな橙色の着色斑点を持つ。典型的なニッコウイワナ。胸ビレ、腹ビレ、尻ビレ、腹部とも濃い柿色に彩られ、深山幽谷に生息している源流イワナの特徴をよく示している。
 暗い穴に入っていたせいか、全身黒っぽいイワナ。頭部は、若干虫食い状に乱れている。着色斑点を持つニッコウイワナのオス。尾ビレの上部が一部擦り切れている。これは八滝沢に生きる厳しさを物語っているように思う。
 「幽谷の美魚」・・・サイズは泣き尺。全ての個体が着色斑点を持つニッコウイワナだった。精悍な面構えから判断してオスのイワナだ。
 今年最後のイワナ釣りだったが、1人2尾をキープした時点で竿をたたむ。釣り時間は、わずか1時間ほど。次なるターゲットは、もちろん「キ・ノ・コ」。標高約700m付近でのんびり昼食をとり、庭園喫茶でコーヒーを飲む。
キノコを求めてマタギの森へ
 岩盤の窪地が続く小沢を上り、標高860mの尾根に出て、テン場標高410mまで落差450mの尾根筋を下ることに。目的は、新しいルートの開拓と巨木の森を歩きながらキノコ狩りを楽しむことだった。左の写真は、八滝沢左岸の小沢を標高約100mほど上り、振り返るとなだらかな和賀岳(1440m)稜線が見えた。

 右:小沢周辺の斜面は、ほとんどがブナに覆われている。豪雪に圧されたブナの根元は、一様に谷川に湾曲している。こうした根元曲がりから、和賀山塊の豪雪の厳しさが伝わってくる。
 笹藪に邪魔されることもなく、意外と早く尾根に辿り着いた。典型的な混交林の森は、空間も広く快適だった。これなら迷う心配もなさそうだ。しかし念には念を入れ、地図と磁石で方向を確認し下り開始。
 左手に昨日遊んだオイの沢、水沢の深い切れ込みを望む。このどこかに数十株ものマイタケが満開に咲き誇っているに違いない。マイタケ初心者には、全く見えそうになかった・・・「マイタケセンサーでもあればなぁ〜」
 ブナ林ではお馴染みの毒キノコ・ツキヨタケ・・・こうしたブナの立木、倒木に群生する。ムキタケに色や形が似ているが、ムキタケが生える10月頃には姿を消す。心配なら、キノコを割って見ると良い。根元が黒ずんでいればツキヨタケ。
 ミズナラの巨木を見つけては、駆け寄り、根元を360度丹念に探す。何十本探ったか分からないくらい調査したが、芽さえ確認できなかった。昨年、地元の新聞では、9月上旬に大株の収穫があった記事が掲載されたが、今年はまだ天然マイタケの収穫記事が掲載されていない。マイタケの出が遅れているに違いない。それとも経験と技術不足なのか。
 左に水沢、右に八滝沢を分ける分水尾根。ご覧のとおり、林内に笹藪は見られず、森を歩く気分は最高だった。正面の赤茶色の木はヒバ、白い樹肌はブナ。
 天命をまっとうしたブナの幹には、大きなサルノコシカケが数個生えている。根元付近には、苔とツキヨタケに覆われていた。推定樹齢は約300年。
 この尾根筋は、風の影響が少なく、排水条件も良い。だから樹齢200年〜300年程度のブナの巨木がやたら多く、巨樹の森と呼ぶにふさわしい。さらに樹種も豊富で、ブナ、ミズナラ、カツラ、トチノキ、ホオノキ、ハウチワカエデ、イタヤカエデ、ダケカンバ、ナナカマドなどの広葉樹と、ヒバ、アシウスギ、クロベ、キタゴヨウなどの針葉樹との混交林で、樹種の多様性に富み、まるで天然植物園のような森だった。
 ブナの枝先に奇妙なコブが・・・見ようによってはサルか埴輪のような形に見える。恐らくマタギが枝を払い、その傷が固まって出来たコブだろう。ここにも人間の痕跡が伺える。
熊の爪痕・・・それは何を意味しているのか
 熊の爪痕・・・ブナの幹の横方向に5本の爪痕がはっきり記されている。これは、この近くの穴に冬眠したシグナルだ。後日、この一帯を狩り場にしていた戸堀マタギに聞いた。冬眠する穴の位置を示す爪痕は、右手と左手の二つがある。

 上の写真のように右手で引っ掻いた爪痕は、その木の右側に冬眠する穴があるという。冬眠する穴は、大木の中が空洞の穴や倒れ掛かった大木の根元の穴、石に囲まれた穴、地面の穴など。穴の中には、シバが敷いてあり清潔だという。
 ブナの木を上り下りした熊の爪痕・・・こんなにはっきり刻印されている爪痕も珍しい。この周辺は、熊の爪痕がやたら多く見られた。熊の密度は相当高いことが伺える。さすがマタギの森だ。
 またまた熊の爪痕オンパレード。昨年、ブナの実は凶作だった。今春、冬眠から覚めた熊は相当腹が減っていたに違いない。
 戸堀マタギによると、上り下りした爪痕は、今年の春、ブナの新芽を貪った時のものではないかとのこと。そして堀内沢の中でも、この一帯が最も熊の密度が高く、春の巻き狩りのメインとなった場所とのこと。
古いブナの刻印・ナタ目・・・その意味は・・・
 「登山記念 七人組 昭和三年六月」と刻印されている。古いナタ目だが、この尾根がかつて登山道だったとは。でも笹藪もなく歩きやすい尾根を考えると、何となく分かるような気がする。昭和初期と言えば、狩猟のバブル時代と呼ばれた時期だ。その頃の登山なら、恐らく地元の案内人がいたのではないか。

 そう考えると、案内人は、堀内を狩り場とする仙北マタギで、もともとマタギが利用していた尾根を上り、小杉山から和賀岳に登ったのだろう。今は、白岩岳(1177m)〜兎森〜シャクジョウの森〜小杉山〜和賀岳が一般的なルートだが、シャクジョウの森のキレットは険しく、熊も寄り付かない難所だった。その難所を回避するため、マタギルートを辿って和賀岳に登ったに違いない。
 急斜面に広がる森。右の根元の凄まじい曲がりに注目。雪の圧力の凄まじさが伝わってくる。
 どんな雪圧にも耐えられるように斜面の四方八方に根を張るブナ。木と木の間隔が広く、野生動物も多い。これは、一つの生態系が確立された極相林・最終的な森の風景でもある。ただ、斜面がきついせいか、キノコが生えそうな倒木が少ないように思う。これは、倒木が雪崩で谷底に落とされるからだ。
 幹がコブだらけの巨木。こういう迫力ある巨木を見ると、思わず手を合わせたくなる。太い締め縄を巻けば、立派な神木になること間違いなし。
 ブナの巨木と倒木を見つけたら、一休みしたくなる。キノコは、笹藪が少なく、こうした明るい森を好む。沢筋は、適度な湿り気があり、倒木にキノコがよく生える。
 森の中で倒木を探すには、右の写真のように森の上がポッカリ空いて、空が見えるような明るい場所がポイント。ブナ、ミズナラは、倒れて3年目位から、次々といろいろなキノコが生えるという。
 ニカワチャワンタケ幼菌・・・ゼラチン質で白色〜淡紫色。キノコらしい形はしていないが、食用とのこと。熱湯にとおし、酢の物、辛し和え、ごま酢和え、土瓶蒸し。独特の歯ごたえがあるらしい・・・しかし、もっと美味しいキノコがあるだけに、どうも食指はのびない。
 ツリガネタケ・・・ブナの倒木に生える腐朽菌。写真は小型のツリガネタケで馬蹄形。表面は灰白色〜灰褐色、顕著な環紋と環溝がある。大型のものもある。
 ウスヒラタケ・・・発生時期が早い代表的なキノコ。それにしてもナラタケやブナハリタケといった9月を代表するキノコが少ない。どうも今年は、山の夜が生暖かいのが気になる。もっと山の冷え込みが厳しくならないと、キノコは期待できそうにない。
 ヌメリツバタケ・・・ほとんど白色で強い粘性がある。ブナなどの広葉樹に少数づつ束生する。風味に癖がなく和風や中華風の汁物に合う。
 ブナハリタケとベーコンの炒め物。酒のツマミにグー。私たちの山釣りは、別名「山ごもり」と称し、最低2泊3日、理想は3泊4日以上の長期にわたる。そうした原始の谷に入って生活するとなれば、できるだけ山の幸、川の幸を利用するのが鉄則。それが自然を知り、自然と同化し、自然に感謝する心を育む一番の近道だからだ。理屈はどうあれ、山での地産地消こそ最高のご馳走だ。ただし、こうしたご馳走にありつくには、山から謙虚に学び続けることが必須だ。
深山のマイタケ採りを考える
 ブナが中心の森だが、斜面が崖のような場所にミズナラの巨木が多く見られた。マイタケ調査は、数十本に及んだが、その姿を発見することはできなかった。恐らく、毎週のごとく通えば必ず舞い上がるようなマイタケに出会えるだろう。しかし、毎週通えるような場所ではないだけに、こうした奥地は偶然を期待するしかないだろう。

 もう一つ重要なことを戸堀マタギから聞いた。マイタケは、頻繁に人が入り、毎年採取している場所は、翌年も生える。ところが、お助け小屋より上流部は、ほとんどマイタケ採りをする人がいなくなった。生えてもそのまま腐ってしまうと、翌年から何年も生えなくなる。数年に一度しか豊作にならない。ただし、1カ所見つけると数十キロにも達するという。もしそうなら、奥地のマイタケ探しは博打に等しいことになる。

 昨年の夏、赤石川源流で数十キロに及ぶトンビマイタケを発見したが、採らずに写真だけ撮った。今年の夏、同じ木に行ってみると、その痕跡すらなかった。もしかして、これも数年に一度しか見られない光景だったのか・・・こんな話を聞いていると、キノコも人為を加えないと活性化しないのかもしれない。
 今回のメンバー・・・金光氏、小玉氏、そして私の3名。最後の4日目も雨また雨。早朝、埼玉からやってきたという女性が、早くも沢を歩くスタイルで小屋の前に現れた。

 「小屋の中を見せてもらえませんか」
 「どうぞ、どうぞ」・・・おととい来る予定だったが、雨のため、昨日沢を上り、二股に泊まったという。これから帰るとのこと。何と1泊2日・・・田舎の山釣りでは考えられない忙しさ・・・それにしても、堀内沢は昨夜からの雨で増水しているはず。女性二人で大丈夫だろうか。
 奥の山並みは、和賀岳(1440m)稜線。八滝沢が左に大きくカーブしているのが分かる。この沢は、別名「八龍沢」とも呼ばれているが、沢の蛇行の形を見ると、確かに「龍」のようにも見える。稜線のピークは、小杉山(1229m)と和賀岳の中間・1354m。いつか沢を上り詰め、和賀山塊の盟主・和賀岳の頂に立ってみたい衝動に駆られた。

 テン場を片付け、本流を渡渉してまもなく、八滝沢から下ってきた夫婦二人組に出会った。昨日、八滝沢に泊まり、今日、和賀岳に登る予定だったが、降り続く雨のため断念、戻ることにしたという。確かに、雨の中、山頂に登っても展望が悪く、登る価値はほとんどないだろう。それにしても夫婦仲良くスクラム渡渉を繰り返し、沢歩きを楽しむなんて・・・これぞ二人三脚、人生こうありたいものだと思う。

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