白神源流紀行その1 白神源流紀行その2 山釣り紀行TOP

 予報によれば、今日は雨のはずだが、幸い天気は回復に向かっているようだ。
 それを証明するかのように、ブナの樹幹から小鳥たちの囀りが聞こえてきた。
 コーヒーを飲みながら、白神の懐に抱かれている幸せ感にどっぷり浸る。

 所々残雪を抱くブナのトンネルの中を流れのままに下る。
 右岸から小沢が流入する岸辺には、白いニリンソウの群れ・・・
 暦の上では初夏だが、追良瀬川源流は春爛漫を謳歌する季節。
 支流から流れ込む小沢は、どこも多量の残雪を抱き、沢一面が靄に包まれていた。
 斜面に林立するブナたちは、一様に谷側に湾曲し、
 幹は天に向かって立ち上がり、見事な原生林を形成している。
 ほどなく左岸の緩斜面にブナの巨木の森がある。
 そのちょっとした高台は平らで、かつては素敵なテン場だった。
 今は、使用する人もなく、利用した痕跡は皆無だった。

 旧テン場下流の湿地斜面には、ウルイの群落があるはずだが、
 雪が解けたばかりで、まだ芽さえ出ていない。
 今年の雪の多さを物語っていた。
 新緑のトンネルから階段状に小滝が連なって流れ込む小沢は、これまた美わしい。
 流れが右に左に蛇行を繰り返し始めると、この沢の核心部だ。
 まず右岸に広がるミズバショウ群落・・・
 ちょっと花の最盛期は過ぎた感もあるが、
 残雪の脇に咲くミズバショウは、ちょうど見頃だった。 
 「夏が来れば想い出す・・・」という歌もあるが、
 実は、雪国に春を告げる草花の代表だ。
 湿地に咲く清楚な群落を歩いていると、
 ブナの森の豊潤な空間、美しき水の空間の素晴らしさに心まで潤う。
 サワグルミではなく、ブナの渓畦林にすっぽり覆われた新緑の回廊・・・
 その左手にニリンソウの大群落がある。
 ほどなく右岸には、第二のミズバショウ群落。
 花は終わりかけていたが、大きな花穂を持つタヌキランやニリンソウが咲き誇っていた。
 
 サカサ沢は、漢字で「逆沢」と書く。
 追良瀬川は、南から北に向かって流れているが、
 サカサ沢の源流部は、これと逆で北から南に向かって流れている。
 最初は妙な名前だと思ったが、地図を見て納得。
 ニリンソウのアップ
 白い花々をよく見ると、里山のニリンソウより花が一回り大きいことに気づく。
 同じ種類の花でも場所が違うと遺伝子も違う・・・
 遺伝子の多様性の意味を改めて考えさせられる。 
 核心部を過ぎると、左岸から小沢が流入する湿地帯がある。
 ここは雪が解けたばかりで、ミズバショウはポツポツと芽を出したばかりだった。
 雨滴を散りばめたダイモンジソウ、ウバユリの若葉、
 地面から顔を出したばかりのイタドリの芽があちこちに顔を出していた。
 大きな淵では、人の気配を察知した岩魚たちが
 淵尻から電光石火のごとく、何度も走る。
 楽しいことこの上ない。
 日当たりの良い右岸の斜面には、見事なシラネアオイの群落。
 シラネアオイは、どこでも見られるポピュラーな花だが、
 株ごとまとまった群落は、滅多に出くわさない。斜面を駆け上がりシャッターを押す。 
 両岸、残雪があったナメ滝を下り、長大な左岸の壁を見上げる。
 何と見渡す限り、極太の大・大・ゼンマイ畑が広がっていた。
 これは圧巻・・・極太のゼンマイとトガクシショウマの淡いピンク色の花が、
 下から上へと縞状に群生しているではないか。
 特に白神の源流に春を告げる希少種・トガクシショウマの大群落はお見事。
 しばし、その巨大な群落に釘付けとなる。
 白神の力の凄さ・・・その感激の風景を表現する言葉さえ見当たらない。
 トガクシショウマ(絶滅危惧種U類・環境省)。
 花は通常、2〜5枚程度だが、何と8枚も。
 とても絶滅危惧種とは思えないほど、巨大な群落を形成している。
 ツツミ沢が合流する追良瀬川源流二股の右岸には、テン場が二ヶ所ある。
 一帯は、草花の宝庫・・・写真は、湿った斜面に生えていたコバイケイソウの群落。
 葉が開かない若葉はウルイと似ているので注意。
 二股から本流右岸をちょっと下ると、
 紅のカタクリ、白のニリンソウ、ワサビ、黄色のオオバキスミレ、
 紫色のシラネアオイ、エンレイソウ・・・
 足の踏み場もないほど咲き乱れていた。
 どこのテン場も今年に入ってから使われた痕跡はなかった。 
 右岸に残るかすかな踏み跡を辿り、マス止めの滝まで下る。
 木陰に隠れて滝の右岸の浅瀬を覗く。
 いた、いた、尺を超える岩魚が悠然と泳いでいる。
 息を殺しながら眺めていると、時々水面を切り裂き、流下昆虫を捕食している。
 そこへ淵尻から次々と岩魚が浅瀬にやってきた。いずれも尺前後とデカイ。

 かつて、サクラマスが大量に遡上していた当時は、
 岩魚に見向きもしなかったという。
 群れる岩魚をサクラマスに置き換えると、羨ましい時代にタイムスリップしたくなる。
 カメラのシャッターを何度も切ったが、満足する写真は一枚も撮れない。
 肉眼でははっきり見えるのだが、
 最新のデジカメでも水中の岩魚をとらえることができない。
 流れも岩魚も絶えず動き続けているだけに、カメラはブレなくとも被写体がブレてしまう。
 やむなく、12倍ズームのビデオモードで撮影する。
 これなら見た目と同じシーンを確実にとらえていた。

 中には、餌が一番流れてくるポジションを犯そうとする岩魚もいる。
 すると、大きな岩魚は、侵入者をいとも簡単に追い払う。
 岩魚は、大きい順に隊列を組むように群れる瞬間もあった。
 そしてほどなく、次々と滝中央の淵尻へと下っていく。

 この大きな滝壺で30分ほど眺めていたが、群れる岩魚の多さに驚かされる。
 この淵だけで数百匹の岩魚が群れていることは間違いない。
 日暮し眺めていても飽きない。
 「日暮らしの滝壺」とでも命名したいくらいだった。
 上二股まで戻り、右のツツミ沢に入る。
 入り口はブナの森にすっぽり覆われ暗い。
 左に曲がると、沢は開け穏やかな流れが続く。
 残雪に映える新緑を眺めながら渡渉を繰り返すと、ほどなく右手から小沢が合流する。
 ここから苔むす白神庭園の様相をみせる。
 ゴーロが過ぎると、再び渓は開け、ツツミ沢本来の穏やかさを取り戻す。 
 右岸の湿地には、大きな株に黄金色の花を咲かせたリュウキンカとウルイの群生。
 その上流の平坦部には、エンレイソウ、キクザキイチゲ、シラネアオイ、
 ヤマワサビの花に混じって、極上のコゴミが至る所に生えていた。
 まさに春爛漫の光景が続く。 
 左:コゴミ。
 右上:雪崩斜面の堆積腐葉土に群生していたウド
 右下:山ワサビの大群落
 右岸の小さな湧水池を覗くと、白いアケビ状の卵のうが三つあった。
 その独特の形は、クロサンショウウオの卵だ。
 卵の数は、一つの卵のうに30〜40個も入っている。
 クロサンショウウオは、クロサンショウウオ属の中でも大型で、
 日中は、落ち葉や倒木、石の下に隠れている。
 源流の尺岩魚ともなれば、一度にサンショウウオを数匹も丸呑みにする。 
 その対岸の穏斜面に広がるブナ林は見事だ。
 林間が広く、森の中を彷徨いたくなる誘惑を感じる。
 見上げると、新緑は幾層にも重なり、ほとんど空が見えないほど分厚く覆われている。
 白神は、年間4500mmもの雨が降ると言われている。
 多雨多雪の気候がブナの原生林を育み、美しい渓流と岩魚を育んできた。
 20年余りの白神源流行を思い出しても、そのほとんどが雨にたたられている。
 そんな時、ブナの森は、雨宿りのための軒下を提供してくれる。
 ツツミ沢右岸に広がる原生林。
 巨木の根元は苔に覆われ、太古の息吹を感じさせてくれる。
 490m二股から白滝・黒滝沢出合いまで約2キロ。
 左岸出合いは、平坦で、苔むすブナが林立している。
 左手奥には白滝の瀑布もかすかに見える。
 黒滝沢から小又沢ルートを辿る場合、よく利用したテン場だ。
 このルートは、迷いやすく意外に難儀なルートだ。
 今は、訪れる人は稀で、最近使われた形跡はなかった。
 白神の中でも最奥に位置する場所だけに、無人境の雰囲気は満点だ。 
 雪渓に埋もれた白滝沢を約200mほど進むと、左手に白滝が姿を現す。 
 沢から雪渓に這い上がり、
 ザー、ザーと巨大な緩傾斜の岩盤を舐めるように流れる白い帯を眺める。
 絶景ポイントを求めて、対岸の泥壁を慎重に這い上る。
 振り返ると、白滝の全貌が目の前に・・・
 ナメのスロープは120mを超える白神山地最大の滝だ。 
 白滝は連続する二段からなり、末広がりに巨大な瀑布となって滑り落ちている。
 屏風のように立ちはだかる谷底は、分厚い雪渓が分水嶺まで連なり、
 岩壁の上部は、まばゆいばかりの新緑に染まっている。
 深山幽谷の名瀑・白滝・・・これを見ずして白神を語ることはできないように思う。
 春黄葉・・・残雪に映える新緑、そして黄色、薄茶色など
 芽吹きの多様なグンデーションを眺めていると、「春黄葉」と形容したくなる。
 ひねもす白滝を眺めながら思い出すのは、黒滝。
 しばらくご無沙汰していただけに無性に会いたくなった。
 黒滝沢へ入ると、ほどなくカエデやブナ、サワグルミが渓を覆い尽くし、
 薄暗い中を清冽な流れが岩をかむ原始庭園のような場所に出る。 
 苔蒸す庭園を過ぎると、小滝が連続して現れる。
 左岸から小沢が流入する直下の滝は、左の斜面を高巻く。
 その斜面には、極上のゼンマイが群生していた。

 昔、津梅川カネヤマ沢〜ツツミ沢ルートは、よく利用していた。
 それだけに、地図で確認するのを怠り、詰める沢を一本間違えたことがあった。
 下る途中、見たこともない滝が連続・・・
 悪戦苦闘の末、辿り着いたのが黒滝沢との合流点だった(右の写真) 
 ナメの岩盤を快適に進み、渓を左に直角に曲ると、黒滝だ。
 分厚い雪渓の頭上から豪快に落下している。
 白滝は、森の母のような優しさを持った滝だが、
 黒滝は源流オヤジのような荒々しさを感じる。
 黒滝の右岸には、巻き道がかすかに残っている。

 そのルートを辿ると、岩崎村大間越に達する。
 岩崎には、元禄時代から豊穣の森・白神を狩場とするマタギがいた。
 しかし、海の漁獲も多く、マタギだけを生業とする集団ではなく、 一人マタギがほとんど。
 白神は獣が豊富な割りに、岩崎村にはマタギが少なかったことから、
 秋田県阿仁からも獲物を求めて土着したマタギも多かったという。

 「秋田系のマタギの雄は、村の南に位置する大間越地区の高関辰五郎であった。
 彼は阿仁の生まれで、百頭以上の熊を獲り、
 白神の仙人として君臨していた名人マタギ」(「白神物語」西口正司著、新風舎)
 三日目、願ってもない快晴に恵まれた。
 ブナの新緑は眩しいくらいの輝きを放った。 
 サカサ沢テン場近くに鎮座するブナの老樹。
 樹齢はおよそ300年で、マザーツリーと呼ぶにふさわしい風格と威厳を備えている。
 今回のメンバーは5名。テン場をきれいに片付け記念撮影。
 ハードな山越え、雪渓には、渓流足袋がスパイクシューズに変身するピンソール、ピンソールミニが大活躍した。
 帰路の最大の目的は、分水嶺から眺める向白神岳の絶景だ。
 写真左の沢を詰めると、真瀬川中ノ又沢や滝川支流西ノ沢に抜ける。
 雪渓を踏みしめながら約1時間ほどで、絶景ポイントに辿り着く。
 谷の真ん中に立つブナの巨木に荷を降ろし、噴出す汗をぬぐう。
 快晴を喜ぶかのように「ミョーキン、ミョーキン」「ケケケケケ・・・」
 とセミにカエルの鳴き声が混ざったようなエゾハルゼミの大合唱がエンドレスに聞こえてくる。
 陽射しにギラギラと輝く雪の急斜面を上る。
 振り返ると、重畳たるブナの樹海、
 それを見下ろすかのように向白神岳稜線が気高く聳え立っていた。
 僕はデジカメ、中村会長はデジタルビデオの撮影に夢中だ。
 一本ブナの根元で休んでいた仲間から、
 「いい加減にしろ」と罵声が飛んできた。
 だが、白神馬鹿二人には、「馬の耳に念仏」だった。 
 右のピークが白神最高峰の向白神岳(1243m)。
 背後が笹内川、手前の深い切れ込みを見せる谷は、名渓・追良瀬川
 一番手前の切れ込みは、サカサ沢だ

 かつて電源開発のために向白神岳の測量調査(昭和26年頃)が行われた。
 その際、利用したルートは、一ツ森峠に通じる避難小屋を起点に
 一ツ森流、太夫峰、吉ケ峰、大鞍部、静御前を経て向白神岳に至るルートだった。
 その稜線は、チシマサザサ、ミネザクラ、ミヤマナラ、タ゜ケカンバ
 が繁るヤブの連続で、悪戦苦闘したという。 
 僕は、この豊穣の森を俯瞰しながら、遥か縄文の世界に思いを馳せていた。
 目屋マタギ、鯵ヶ沢マタギ、深浦マタギ、岩崎マタギ・・・
 こうしたマタギ集落は、白神山地の核心部を取り囲むように存在していた。

 北海道のアイヌも、東北の古代エミシも、現代マタギも、
 縄文人の末裔と言われている。
 世界自然遺産・白神山地の核心部には、
 地図に描かれた登山道や山小屋など皆無だが、
 山の恵みを求めて分け入ったマタギ道が藪の中に無数に埋もれている。
 叶うなら、ブナの森に生かされたマタギ道を全て歩いてみたい。

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