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 ▲カシミール3Dで作成した大雪山系トムラウシ山遭難概念図

 大雪山系を縦走するガイド3名と登山客15名、計18名のパーティのうち、8名が死亡。他に単独登山者1名、別のツアー客1名、合計10名が遭難死するという衝撃的な遭難事故が発生した。このニュースを聞き、一昨年、和賀山塊で味わった「天国と地獄」の縦走を思い出した。この歴史に残る遭難事故は、登山や山釣り、沢登り愛好家たちにとって、学ぶ点が非常に多い。少なくとも風化させてはならない歴史的な遭難事故だと思う。

概略コース 
1日目・・・旭岳温泉(1,100)-ロープウェイ-姿見駅(1,600)-旭岳(2,291)-間宮岳(2,185)-北海岳(2,149)-白雲岳(2,229)-白雲岳避難小屋(1,990)7/14泊・・・約12km、約8時間

2日目・・・白雲岳避難小屋-高根ケ原-忠別岳(1,962)-五色岳(1,868)-ヒサゴ避難小屋(1,690)7/15泊・・・約16km、約9時間

3日目・・・ヒサゴ避難小屋-北沼〜トムラウシ山(2,141m)周辺で遭難-5名が自力下山-トムラウシ温泉・・・当初計画約15km、約7時間

 ツアー登山客一行18名は、2009年7月14日に入山。その日、大雪山系旭岳に立ち、日本百名山・トムラウシ山(2,141m)の雄大な景色にみとれたという。翌7月15日、ヒサゴ沼避難小屋に宿泊。3日目の16日朝は、午前5時に出発予定だったが、天候悪化のため、30分遅れて出発。当日の行程は約15kmにも及ぶ。

 当時の十勝地方の予報は「曇り、昼過ぎから晴れ」だった。しかし朝の悪天候を見て、客から「やめたほうがいいのでは」との声もあがったという。だがメインガイドは、予報を信じたのか・・・「昼から天気が回復する」と話し決行した。

 山では、実際の天候と予報は違う・・・翌日は晴れだったことを考えると、パーティ全員の安全を左右するリーダーの判断とは、「天国と地獄」の分岐点になるほど重大なものであるが分かる。しかし、予測を誤って決行したとしても、その後の状況判断で、いくらでも修正は可能である。だから、この時点では、致命的な判断ミスとは言えないように思う。

 16日5時半、ヒサゴ沼から稜線に出ると、強風に煽られ転ぶ人が続出したという。サブガイドは「風が強く吹いたら、とにかくしゃがんで」と繰り返した。推定気温は6〜7度。暴風雨のため、北沼まで倍の6時間もかかったという。ツアーは3日目・・・暴風雨は容赦なく体力を奪っていった。
(注:写真は全て、山釣りの旅で「天国と地獄」を味わったイメージ写真である)

 暴風雨の中、6時間にも及ぶ吹きさらしの登山は地獄そのもの。まるで真冬のような寒さだったという・・・これは体験したものでなければ分からない。夏山での大敵は強風と体の濡れである。風は、風速1mごとに体感温度が約1度下がる。推定気温が7度だとすれば、風速20mで体感温度は、何とマイナス13度となる。発汗と雨による体の濡れは、さらに激しく体感温度を下げる。

 暴風雨は唸り声を発して稜線を駆け回る。濃霧が山全体を覆い、一寸先は闇状態と化す。体感温度は、マイナス十数度まで下がった。さらに「強風に煽られ転ぶ人が続出」したという。その時点で、なぜ引き返さなかったのだろうか。これが天国と地獄を分ける第二の分岐点だったように思う。

▽「夏山で凍死」・・・2002年7月、同じトムラウシ山で起こっている。

 台風6号が北海道に接近している最中、愛知県の女性4人のパーティが7月11日の早朝、ヒサゴ避難小屋を出てトムラウシ温泉に向かって下山を開始した・・・トムラウシ山を過ぎたところでリーダ格の女性(59歳)が激しい風雨に叩かれ転倒、動けなくなってしまった。

 同じ頃、福岡県の山岳ガイドが主催するガイド登山の一行8人が、トムラウシ温泉からヒサゴ沼避難小屋へと向かう逆コースを辿っていた。8人は稜線上で女性4人のパーティとすれ違ったが、その後間もなく参加者の一人である女性(58歳)が同様に行動不能に陥ってしまった。

 ガイドが付き添い、他の人はヒサゴ沼避難小屋へと向かった。しかし、その夜のビバーク中に、二人とも力尽きて死亡。死因は、女性(59歳)が低体温による脳梗塞、もう一人の女性(58歳)は凍死であった。今回の遭難は、この教訓が全く生かされていないことに気付く。

 今回は、経験豊富なツアー客もいたが、そのほとんどは中高年で、ガイド頼みのツアー客であった。パーティのリーダーたるものは、全員の安全を最優先させなければならない。従って、想定外のアクシデントに見舞われた場合は、パーティの中で最も弱い人を基準に、最悪の場合も想定して慎重に判断しなければならない。

 一度天候予測を誤ったとしても、いくらでも修正は可能だ・・・途中北沼まで6時間もの時間があったことを考えると、いくらでも避難小屋に戻ることは可能であったはず。何度も遭難を回避するチャンスがあったはずだと思うと、まことに悔やまれる。
 山頂の湖は海原のように波打ち、風に飛ばされた水しぶきが吹きつけ、立っていられないほどだったという。さらに北沼の手前は川のような流れになっていた。その流れを渡渉した際、登山靴とズボンが濡れたはずだ。濡れた靴や衣服がさらに体力を奪ったに違いない。実際、遭難者の下着はずぶ濡れで体は冷え切っていたという。

 北沼付近で女性一人が寒さで歩けなくなってしまった。全員、1時間半ほど待つ。ツアー客の一人が「遭難しているんだから、救援を要請しないといけない」と言ったにもかかわらず、メインガイドは「歩ける人だけで先行します」と最悪の決断をしてしまった。

 例え一人とは言え、寒さで歩けなくなった人が出た時点で遭難したに等しい。にもかかわらず、救助要請もせず、歩ける人だけ先行させるというメインガイドの判断は、もはや修正不可能な最悪の判断ミスだったと思う。

 お茶の間で冷静に考えると、何とでも言える。だが、果たして自分がその場にいたらどうだろうか・・・ツアー客は、不安でたまらなかったに違いない。唯一の支えであったメインガイドが不安になったとすれば、パーティ全員が動揺してしまうのは明らかである。

 そもそもパーティは一蓮托生でなければならない。しかし、パーティは非情にも別れてしまう。そしてバラバラに空中分解し、最悪の事態を迎える。
 北沼の南側あたりで、動けなくなる客が続出した。メインガイドは、サブガイドと10人の客を先行させ、7名がテントでビバークせざるを得なくなった。北沼から頂上付近は、場所を選べば携帯も通じるという。しかし、北沼に残ったメインガイドが会社にSOSのメールをしたのは午後4時半頃と遅かった。

 北沼周辺は、半径2kmは隠れるところはなく、風の吹き抜ける場所だという。結局、ビバークした7名のうち4名が死亡(ガイド1名、女性客3名)。

 先行したサブガイド1名とツアー客10名の結末・・・サブガイドは、遅れた人を待とうとせず、その間隔は開いていった。遅れたツアー客は、お互いに励ましあい助け合うしかなった。パニックと化した一行は、もはや限界まで追い詰められる。

 前トム平付近、午後6時半・・・女性4名がビバーグしたものの、救助されたのはわずか1名、3名が死亡している。客を無視して先行したサブガイドは、コマドリ沢分岐点の下で力尽き倒れる。翌日、別の登山者に発見されたという。今回、8人が死亡した遭難事故の死因は、全員が夏山では想定外と思われた「凍死」だった。

 こういう心身ともに限界まで追い詰められると、人間の思考は○か×かの単純思考に陥る。△などという曖昧な思考をしていたのでは、自分の命が奪われる。サブガイドの思考もしかり、ツアー客も人をかばっている余裕もなくなり、必死で生き抜こうとする。こういう状況になってしまっては、誰も責められないだろう。
 今回の遭難事故は、改めて山の怖さ、自然の怖さを思い知らされた。我々人間は、山やクマなどの野生動物をお茶の間感覚で考えてはいないか・・・大いに反省させられる。山のプロと呼ばれるマタギは、常々「山は天気が良ければ天国、一度悪天候に見舞われれば地獄」「山の怖さを体で覚えることがマタギになる第一歩だ」と言い続ける。

 マタギが信仰する山の神は、山の全てを支配している。だからその怒りを受けないように細心の注意を払う。山の神は、マタギに獲物を授けるだけでなく、遭難を未然に防ぎ、難儀している時は救ってくれる。マタギは、山の神に守られていると信じ、山の神を心の拠り所としている。現代の登山者にも、こうした畏敬と感謝の念を忘れないでほしいと願う。
▽山のパーティのあり方を考える
 「山は怖い」世界だからこそ、想定外の困難に遭遇することも少なくない。その困難を乗り切るためには、信頼できる仲間が必要である。パーティを組むメリットは、単独行よりも安全性が格段に高まる。さらに楽しさも倍増する。ただし、仲間の信頼関係が大前提である。だから我々は、安易に不特定多数の会員を募集したりはしない。

 そして大事なことは、マタギのシカリと同様に、パーティの中で実力のある人を順番に、絶対的なリーダー、サブリーダーを決めることである。下界での上下関係や実力を伴わない世襲で選ぶほど怖いものはない。

 リーダーは、パーティの中でも、最も経験が豊富で、体力も勝り、いかなる時でも冷静な判断ができる人でなければ務まらない。リーダー、サブリーダーの真価は、想定外のアクシデント、悪天候に見舞われた時にこそ発揮される。

▽大量ツアー登山の落とし穴
 アミューズトラベル社が企画したツアー代金は15万2千円と高い。しかし、日程には予備日の設定はなかったという。2泊3日で約40kmもの長距離縦走・・・大雪山系は、天候に恵まれても避難小屋まで8時間も歩かないと辿り着けないという。そんな原始の山ならば、思わぬ悪天候やアクシデントに見舞われることも少なくないだろう。事実、2002年には、2名が夏山で凍死している。なのに、なぜ余裕のある行程にしなかったのか・・・疑問を抱かざるを得ない。

 ツアー登山は、パーティを組む人が不特定多数で、現地で初めて会うだけに、お互いの信頼関係を保つことは極めて難しい。お金で人の信頼、安全は買えない。

 パーティのリーダーがいくら立派でも、メンバーがそれに従わなければ危険度は格段に増す。例えば、15万2千円も払ってツアー登山に参加したならば・・・多少悪天候に見舞われても、せっかく来たのだから目的の山頂に立ちたいとの意識が強く、無理を強いる人がいたとしても不思議はない。

 一方、旅行会社から委託されたガイドは、計画を着実に実行する責務がある。途中で安易にリタイアすれば、クレームや旅行代金の返金、果ては解雇など、かなりのプレッシャーが圧し掛かる。山ではお金が何の役にも立たない。しかし、間接的にお金で結ばれたツアー登山は、それが命取りになりかねない。余裕のない日程で強行せざるを得なかった判断の誤り・・・ここに、ツアー登山の弱点が如実に出てしまったように思う。

 手軽に参加できるツアー登山・・・しかし寄せ集めのグループの脆さ、危うさを感じる。中高年登山ブームに乗ってツアー参加者も増え続ける。凍死で8名もの命を落とした大惨事は、こうした幾つもの落とし穴が幾重にも重なって起きた結果のようにも思う。

 地元の山岳関係者は「北海道の山をなめている」との怒りの声や「最近のツアー動向を見ていると、いつかは事故が起きると思っていたが…」と、山の怖さに対する認識の甘さ、寄せ集めの大量ツアー登山の危うさを指摘している。

 ツアー客18名のパーティのほかに、同じくヒサゴ沼避難小屋からトムラウシ山を目指した静岡のパーティ6名は、全員無事に帰還している。ガイド付きツアー登山の大惨事に対して、登山愛好家の静岡パーティは遭難者ゼロ・・・この際立つ結果の違いをどう解釈すればよいのだろうか。まるで「八甲田山死の彷徨」を思い出す。

 ツアー登山は、山よりも怖い・・・と思うのは、私だけだろうか。
 少なくとも、我々も含めて猛省すべきだと思う。

参考雑誌「週刊文春7月30日号」・・・大雪山系「死の行軍」、中高年登山者に警告

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