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草木に埋もれた道、クマの痕跡、苔生す聖なる渓谷美、毛針を追うイワナ、原生的自然に戻りつつある谷・嬉しい誤算・・・
6月下旬・・・好天に誘われて思い出の谷に向かう
この谷を初めて訪れたのは昭和57年5月8日のこと
当時は、イワナを釣ることに夢中で、谷の風景の記録はゼロ

20数年前の記憶を取り戻すべく、カメラと三脚を担いで、釣る、撮るを繰り返す
秋田には、日帰りでも満足できる渓谷がたくさんあることを改めて実感させられた
なかなか山ごもりできないストレスが、新たな発見を生んだとも言える
▲毛針に食いついた良型イワナ
初釣行の記録には・・・
「今日は渓流釣りをはじめて最高の釣果だった
イワナもK川支流と違い、色も白くきれいだ。型も大型が多い」と記されていた

それでは何故、20数年間もご無沙汰していたのか
林道が奥まで伸び、車止めから魚止めの滝までわずか2kmほどしかない
つまり、山ごもりするような沢ではなかったからだ
▲左岸枝沢:白糸の滝 ▲早くも咲いていたニッコウキスゲ

家を出るのが朝6時半と遅い
釣りは駄目でも、渓谷美を撮れればと思って、懐かしの谷に向かう
本流に別れを告げ、目的の沢を5kmほど走ると車止めに辿り着く

何と、ラッキーなことに誰もいないではないか
嬉しさをかみ殺しながら竿とカメラを担いで、崩壊した林道の杣道を歩く
杣道は落石がひどく草茫々・・・かつての面影はほとんどなくなっていた

少子高齢化の最先端をゆく秋田の山村
この荒れ様は、地元の人たちが歩かなくなった結果であろう
懐かしの谷は、広葉樹の渓畔林に包まれ、イワナ谷にふさわしい渓谷美が続いていた
無用の長物と化した廃道橋の直下、流木に堰き止められた落ち口の巻き込みに毛針を落とす
狙い通りに、イワナが水面から飛び出し毛針に飛びついた

意外にデカイ・・・そのデカサにつられて強く合わせてしまった
強いアタリがふっと切れた・・・ラインの先を見ると毛針がない
毛針をイワナに食われてしまった・・・やはり毛針釣りは、強合わせが厳禁だ
▲瀬でヒットしたイワナ
先ほどの失敗を教訓に、エサ釣りの感覚でソフトに合わせる
頭部の斑紋は虫食い状に乱れ、側線より下に着色斑点をもつニッコウイワナ
時計を見れば、既に9時を過ぎていた・・・朝が遅いと一日は短い
夏の暑い日差しが谷に降り注ぎ、谷は眩しいほどギラめいていた
清冽な水をコップに汲み、遅い朝食をとる
谷の風景を360度見回しても、その記憶はほとんどない
それだけに見るもの全てが新鮮であった
▲クマが草を食べた痕跡 
エゾニュウやフキなど、大型の草が生い茂っている湿地を覗くと・・・
やたらクマが食べた痕跡が目立つ
大好物のタケノコが終わり、草食いの季節であることが分かる

これからクマの恋の季節が始まる
クマたちは、奥山の谷に一斉に集まる・・・だから最も注意が必要だ
しかし、驚かされるのは、こんな身近な谷にもクマの痕跡がやたら多いこと
▲イワナが遊ぶ渓谷美
この谷の猟場は、マタギ集落で有名なY集落であった
しかし、今や現役のマタギが一人もいなくなってしまった
奥山のクマが里クマへとテリトリーを広げていることをヒシヒシと感じる

さらに、春クマ猟もほとんど行われなくなったことで、人の怖さを知らないクマが増えているという
だから、常にクマ撃退スプレーを腰に下げていないと、沢を一人で歩けなくなってなってしまった
クマの気配を背に感じながら、清冽な流れに毛針をソフトに振り込む
イワナは、次々と毛針を追う・・・茶系でも黒系でも色は関係なし
どちらかと言えば、小振りの毛針にヒットする確率が高かったように思う

スレてきているのか、毛針を丸呑みするイワナは稀で、全体的に浅掛かりのパターンが多い
岸に寄せ、カメラを構えると、毛針を外して逃げられたイワナが3尾もあった
まぁ、リリースしたと思えば気持ちは軽くなるが、唯一写真を撮れなかったのが悔やまれる
流速の速い瀬では、イワナが毛針を発見しにくい
そこで、早瀬に対してゆっくり横引き、逆引きをしてみる
突然、早瀬の水面から飛び出し、食いつこうとするが、うまく食いつけない

一度失敗すると、二度と姿を現さないケースが多かった
毛針を偽者と見破ったのだろうか
毛針を動かすにしても、イワナが食いやすいように操作するのは難しい
▲やっと尺近いイワナを釣る
沢の流れが二つに分かれ、水量の少ない方の小さな淵でのこと
流れは緩いが、意外に水深が深い
沢の中間部の草に隠れて毛針を垂直に落とす

姿勢を低くしていたので、毛針もイワナも見えない
いきなりラインが走り、竿が弓なりにしなった
丸々太った白い魚体・・・20数年前に釣り上げたイワナの記憶が蘇る個体だった
釣りに満足・・・ザックをおろし昼食をとる
オニギリ、パン、漬物、ゆで卵をほお張る
狭い谷を真っ黒なカワガラスが低空飛行をしながら飛んでゆく
▲美しいブナの巨樹
幹の白さと縦に幾つもの縞状線、緑の苔が美しい
見上げれば、深緑が天を覆い尽くしている
まるでこの谷の主のような存在感があった
▲滝その1・・・三条の滝
写真は二条だが、この右手(下の写真)にも一条の滝がある
ここから美しい滝が続く・・・三脚にカメラをセットし、スローシャッター撮影を繰り返す
カメラがなければ、シャワークライミングしたくなるような滝である
▲滝その1の右半分
水量の少ない方が、適度な湿気で岩に苔が生えやすい
深山幽谷にふさわしい滝である
ここは深淵を渡り、左岸を巻く
▲ミヤマカラマツソウ ▲ヤグルマソウの群落 ▲残雪から顔を出したフキノトウ
▲フキノトウと清冽な谷
谷を詳細に観察していると、不思議な光景に出会う
夏だというのに、残雪が消えたばかりの岸辺からフキノトウが顔を出していた
「早春の谷」と名付けても疑問に思わないような夏谷の風景である
▲滝その2「原始庭園の滝」
谷は次第に傾斜がきつくなる
広葉樹が両サイドから迫り出し、昼でも薄暗い
加えて、切れることなく滝の飛沫が飛び散り、一帯は湿気が極めて多い

剥き出しの岩は全て苔に覆われ、まるで「苔の楽園」
「原始庭園の滝」とでも名付けたい風景である
▲滝その3「トヨ状の滝」
右岸の岩盤が細く削られたトヨ状の滝水は、S字状に屈曲して流れ下る
壷は深いが、底まではっきり見える透明度は抜群だ
水面は、深緑を映してグリーン色に染まっている

イワナが数匹見えたが、こうした大場所にいる夏イワナは食い気が薄い
だから、竿を出さずに撮影に専念する方が賢い選択だと思う
▲オモシロイ流れ
真ん中の岩で二分された流れは、180度曲がって、また一つの流れとなる
上から見れば、360度の円形型の流れである
どちらの流れを蹴って歩こうか、迷うほど涼感は満点だ
たまに毛針を落としながら谷を上る
流木に堰き止められた淀みに毛針を落として動かす
イワナは流木の下からジャンプしたと思ったら、毛針を尾で叩いただけ
後は二度と出てこなかった

かと思えば、流れの速い瀬尻でジャンプしたイワナは、流れの速さで毛針を咥えることができない
そこで、動かさずに咥え易い位置で停止していると、再び水面を割って毛針に食いついた
イワナの出方は千差万別・・・
釣れても釣れなくても、イワナが水面から顔を出した瞬間のドキドキ感は、毛針独特のオモシロさだ
苔生す岩、流木、小滝が続く谷を左岸の高台から望む
イワナが群れているのが見える
だからといって、上から竿を出したのでは100%釣れない

それは何故か
イワナは水面より上の外敵を魚眼レンズでいち早く察知するからだ
確実に釣るには、右岸から沢に這いつくばるようにして接近するしかない 
小滝の上から下流を望む
清冽な流れはS字状に曲がりくねりながら流れているのが分かる
谷は再び、穏やかな瀬が続く
小滝と穏やかな瀬が交互に続く
水深のやや深い瀬を中心に毛針を振り込む

短いラインだが、意識してラインをたるませながら流す
イワナは、本物のエサと見間違い、食いつくと上流に向かって走る
イワナも毛針も見えないが、目印のついたラインが突然止まり、走るのが分かる
▲ブナの倒木と小滝、美しい流れが延々と続く
▲滝その4  
▲谷は狭くなり、ほどなく魚止めの滝も近い
今日は、想い出の谷を撮るのが主目的
釣るというより、足早に谷を歩きながら、忘れかけていた谷の全貌を拝みたかった

それにしても、沢でのスローシャッター撮影は、手間隙がかかる
凹凸だらけの沢床は三脚を安定&できるだけ水平に設置するのが難しい
だから自由雲台でないと、シャッター構図はままならず、撮影することすらできない

万一、三脚が倒れれば、カメラごと水没し、カメラは作動不能に陥る確率100%
釣りとカメラの二刀流は、楽しいけれど、両立させるのは殊の外難しい
▲滝その5
この滝だけは、記憶に残っていた
確かこの滝からほどなく、魚止めの大滝があるはずだ
しかし、時計を見れば、既に午後3時・・・谷を下るタイムリミットをとうに過ぎていた
大滝は、次回の楽しみに残して渓を下ることにする
▲イワナ谷の水の風景は、どこから切り撮っても美しい
▲ミズナラの根元・・・いかにもマイタケが生えそうな巨樹 ▲ホオノキの大葉・・・昔は、キノコ類やイワナ、ご飯やおにぎりなど食べ物を包むのに使われた
▲サルノコシカケ ▲ガマズミ属ゴマキ ▲原始の流れ
▲トトロのような秋田杉  ▲秋田フキ  ▲ツルアジサイ
▲今晩の食材 ▲新聞紙に包み背負う ▲今夜もイワナの刺身で冷酒を飲む

この谷の源流部を20数年ぶりに歩いて感じたことは・・・
昔は林道が奥まで伸びていたが、今は1km近くは崩壊して使用不能になっていた
また、源流奥地まで明瞭な杣道があったが、今やほとんどが草木に埋もれていた

さらに沢を横断する箇所には立派な歩道橋もあった
しかし橋の土台コンクリート、鉄骨の橋もことごとく流され、谷の中に無残な姿でひっくり返っていた
かつては、イワナ止めの滝から杣道を辿れば、一度も水に入ることなく車止めまで帰ることができた

だから、原生的自然に棲むイワナを追い求めるにつれ、足が遠のいていた
20数年の時の流れは、往時の便利な道は姿を消し、原生的自然に戻りつつあると言える
「嬉しい誤算」とは、こういうことを言うのだろう

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