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実写版映画「釣りキチ三平」をいち早く見たい
3月20日午前8時15分、家を出る
TOHOシネマズ秋田に着いたのは、午前9時頃・・・指定席券を買ったが
上映は10時15分から・・・まだ1時間余りもあった

「釣りキチ三平」の映画パンフレット(600円)を買い、待合の平らな椅子に座って読む
隣の会話が気になった・・・かつてマタギ集落として有名な鳥海町百宅の人たちのようだ
百宅集落のすぐ上流には、映画のクライマックスシーンに登場する法体の滝がある

「退職してがら、イワナ釣りだけでにゃぐ、海釣りにも行ぐ
春になれば山菜採りだべぇ、秋はきのこ採り、野菜やコメは当たり前だども、
鶏も飼ってる・・・まぁ、自給自足の生活だなぁ」
やはりマタギの血をひく百宅の人たちは、自然に生かされながら暮らすのが一番幸せのようだ

「今は大きなイワナはいねぇぐなったども、
昔はでけぇイワナもたくさんいたんだがなぁ・・・
この映画を見で、イワナ釣りに来る人も増えるんでねぇが」

私も同感だった・・・秋田の渓流釣りブーム・・・それを考えると恐ろしいような気もする
しかし、釣りを通して水と緑に生かされている感覚を取り戻すメリットの方が大きいように思う

午前10時、スクリーン2に入場・・・
秋田のマスコミも「釣りキチ三平」の全国公開をニュースにしようと押し掛けていた
テレビ局は、まず親子連れを取材・・・次いで私にカメラが向けられた

「映画を前に今の心境をお聞かせください」

「ワクワクドキドキしています
私は釣りが好きだし、釣りキチ三平も大好き、
何より秋田で撮影された映画なので楽しみにしています」

まるで童心に帰ったような稚拙なコメントしかできなかった・・・
果たしてカットされずに採用されるだろうか

待ちに待った映画がスタート
脚本を何度も読んで、ストーリーは全て頭の中に入っていたのだが・・・
やっぱり泣かされました

そして無性に釣りに行きたくなった
半年間ご無沙汰しているあの懐かしい味・・・
イワナの刺身、塩焼き、骨酒、そして山の野菜を食べたくなった
天然のイワナ、山菜、キノコの宝庫・秋田に住んでいる幸せを再認識させられた

映画は、幻想的な夜泣き谷の渓谷からスタート
その清流に花がポトリと落ちて流されてゆく
巨大な滝壺・・・その穏やかな水面がさざなみ押し寄せると、
巨大なイワナの魚影が現れる
「あれはまさに怪物だ」・・・

普段は眠っているはずの遺伝子が一気に騒ぎ出す
というのも、最新のVFX技術とは言え、そのリアルさに驚かされた
私は、これまで深山幽谷のイワナを何千匹も見てきた

とは言え、源流の世界では、大イワナと言えども40cm〜50cmが限界である
しかし夜泣き谷の大イワナは、その3倍以上、1.5mの怪物なのだ
ありえない怪物なのだが、あたかも実在するかのようなリアルさに息をのむ

画面は一転、山間部の小さな村、茅葺民家の前の坂道へと変わる
お父さんに肩車された幼い三平と姉・愛子
「あんな怪物、釣り上げた感触は、一体どんただもんだべ・・・
想像しただけで鳥肌が立つ」
お父さんの三平平は、その怪物を親子で釣るのが夢だった

しかし、三平のお父さんは、海釣りで嵐に遭い行方不明に・・・
母親もそのショックで半年後に亡くなる
釣りが原因で両親を失い、家族はバラバラになる不幸に見舞われる

愛子は、中学3年の夏、一平じいさんと大喧嘩し東京へ出て行く
原作にはない姉の愛子は、家族をバラバラにした釣りを恨み、都会人として成長
「私は東京で勝ち抜いた・・・人生は競争なのよ」
そういう生き方が果たして幸せなのだろうか・・・

一方、和竿作りの名人・一平じいさんと暮らす三平は、田舎で釣り三昧、
天才的な釣り少年に成長していた

秋田県湯沢市秋の宮の清流・役内川を舞台に鮎釣り大会が行われる
三平は、一平じいさんを抑えて優勝・・・
野生児のような釣りの天才少年・三平に声をかけてきたのは、
アメリカで釣りのプロとして活躍する鮎川魚伸だった

三平の実家は、秋田県五城目町北ノ又集落の築100年の茅葺民家
三平家に泊った魚伸は、一平じいさんに、釣り仲間から聞いた夜泣き谷の話をする

「夜泣き谷っていうところはね、まさに秘境と呼ぶにふさわしい
渓谷だそうで、美しいイワナの宝庫、イワナの楽園」
その楽園の主が夜泣き谷の怪物である

この映画の核心部は、夜泣き谷の怪物を求めて、源流行へ旅立つところから始まる
一行は、一平じいさん、三平、魚伸、そして姉の愛子の4名

ヤブと化した杣道、立入禁止の廃トンネル(五城目町)、
吊り橋(湯沢市秋の宮)、渓流遡行(五城目町ネコバリ岩周辺)へと続く
やがてブナ林の中にひっそり佇むマタギ小屋(東成瀬村すずこやの森)に泊る

落差20mのイワナ止めの滝(東成瀬村天正の滝)
イワナが遡上できない滝をヨドメの滝、イワナ止めの滝、魚止めの滝などと呼ぶ
かつてマタギが、この滝上にイワナを放流、
そのイワナが人知れず自然繁殖・・・イワナの楽園になったという設定である
この設定は正しい

例えば、クライマックスシーンに登場する法体の滝の上流・玉田川には、
かつて魚は生息していなかった
鳥海の山すその秘境を流れる玉田川にイワナを放流し、養殖を図ったのは
かつてマタギ集落で有名な百宅の佐藤浅治である

明治の頃、釣りキチだった彼は、百宅川で釣ったイワナを「生簀(いけす)」に蓄えて、
手頃な数になると、法体の滝上の玉田川に放流・・・その数は十数回に及んだという
今まで魚一匹生息していなかった清流にイワナが増えに増え、
時には川に入った人の足にからみつくほどになったという

イワナ止めの滝の右岸をザイルで上り高巻く
林を抜けると、ついにイワナの楽園、夜泣き谷(由利本荘市法体の滝)に着く
滝は三段総落差57m・・・滝壺は巨大で深い
美しい滝とVFX技術で蝶やトンボなどが飛び交う美しい映像美は圧巻

和製フライやルアーで次々とイワナを釣りあげる
秘境の渓谷を背景に焚き火を囲み、イワナの串焼き、イワナのタタキ、骨酒を楽しむ
まさに源流行のクライマックス・・・それでも愛子だけは馴染めない

耳にイヤホンをして本を読む愛子・・・

やっと、やっとイヤホンを外すと・・・滝の轟音、生き物の声、風の音が五感を刺激する
次第に愛子の表情が柔らかくなっていく
まさに自然に生かされている幸せを取り戻していく・・・
人間も、生き物と同じ、自然の子だということを気付かせる演出が素晴らしい

秋田県羽後町上仙道・・・鷹匠の人生を刻んだ「熊鷹文学碑」を思い出す
「草も木も鳥も魚も/人もけものも虫けらも/もとは一つなり/みな地球の子 」(藤原審爾 )

その夜、魚伸に夜泣き谷の怪物の話をした人物は誰なのか・・・
一平じいさんは、怪物を釣るために竿まで準備していたのに、
なぜ夜泣き谷のことを隠し続けてきたのか・・・

お父さんに肩車された幼い三平と姉・愛子の回想シーンが重なる
この場面は、自分の釣りキチ人生と重なり泣かされた

それでも愛子は言い続ける
「お父さんは死んだのよ、
夜泣きだの怪物だの・・・夢みたいなことばっかり言って死んでいった」

三平は「夢を見たらなんでいけねえんだ」と反論する
家族愛、夢、人生とはどんな生き方をすれば幸せなのか・・・を突きつけられる

満天の星空に輝く別世界・・・その滝壺の傍らに佇む愛子と魚伸
魚伸は、右目を失った過去を明かす
父を見返そうと、常に勝ち続けようとする生き方は魚伸と愛子も同じだった
お互いにバラバラだった心が次第につながっていく

薄暗い渓谷をオニヤンマが飛び交うと、突然、滝壺の水面が盛り上がる
夜泣き谷の怪物が現れるシーンは、VFX技術の凄さを感じた
それを見た愛子は・・・
「いたよ・・・お父さん」・・・と、涙を流しながら呟く

あれほど釣りとお父さんを憎んでいた愛子が心を開く瞬間である
このシーンは、涙をこらえるのが大変だった

三平は、ある秘策で夜泣き谷の怪物をヒットさせる
その怪物とのやりとりは、ちょっと漫画的だが、
釣りキチ三平の実写版と考えれば上出来だと思う

今度は、愛子が竿を持ちリールを巻く・・・父から受け継いだ血が騒ぐ
再び、お父さんに肩車された幼い三平と姉・愛子の回想シーンが重なる
ここで初めてお父さんの笑顔がはっきりと映し出される
お父さんの夢・・・親子で夜泣き谷の怪物を釣る夢が現実へ

源流行は、日常の世界から非日常の世界へ行くようなものである
金もテレビも携帯電話も役に立たない別世界で、自然に生かされている幸せを取り戻していく
夢を追い続ける生き方は、すなわち幸せな生き方であることを教えているように思う

そして何より、幸せの原点は家族であるという力強いメッセージを発した作品だと思う・・・
釣りの好きな人には、たまらない作品だが、釣りを知らない人であっても
家族で、親子で観る映画であることは確か・・・心が優しくなれる作品である
そして最後は、自分が生まれたふるさとが一番だという十人十色の幸せに気付かされる

石川啄木の詩・・・
「ふるさとの山に向かいて言うことなし・・・
ふるさとの山はありがたきかな」

滝田洋二郎監督は、秋田は絵になる風景の宝庫と言っていた
実に嬉しい言葉だが、本音を言えば、もう少し奥に入って本物を撮影してほしかった

私が監督なら、邂逅の森・白神山地のブナ原生林を彷徨い、
暗門川第一の滝、落差42m・・・それがイワナ止めの滝だ
屹立する滝の右岸を高巻くと、今度は津軽の函・タカヘグリの断崖絶壁の廊下

その暗く狭い廊下を胸まで浸かりながら潜り抜ける
ふと見上げると、暗い峡谷の頭上からまぶしいほどの光が射し込む・・・夜泣き谷だ
さらに遡行すると、谷は開け、山崩れで堰き止められたタカヘグリ新湖に辿り着く

透明な水を満々と湛えた巨大な滝壺・・・その鏡のような水面に美しい滝が映っている
正面には、高台のブナの森から清冽な水が滝頭で飛沫を散らしてジャンプし、
巨大な滝壺に吸い込まれていく・・・背筋がぞくぞくする別世界・・・
その神秘的な滝壺の水面が巨大な波紋を描くと同時に、1.5mもの巨大な怪物が姿を現す・・・

残念ながら、現在、タカヘグリ新湖は消滅している
しかも、100人ものスタッフが安全に辿れる場所は暗門の滝ぐらいだろう
さらに雨で増水することを考えると、採算もとれない・・・従って、今回の作品が限界なのかもしれない

いずれにしても現実の世の中は、二律背反が世の常
人生、何度も何度も苦労を繰り返し、その向こうに感激が待っていることを知る
不幸があって、初めて幸せを知る
病気になって初めて、当たり前の健康がどんなに幸せなことかを知る

家族がバラバラになって、初めて家族愛の素晴らしさを知る
親を失って、初めて親の有難さを知る
ふるさとを遠く離れて、ふるさとの有難さを知る・・・

だからこそ人間は、現実にはあり得ないユートピア、桃源郷を夢見て創作を繰り返す
ふるさと秋田を限りなく愛する矢口高雄さんの漫画や映画、音楽、小説・・・
創作するしかないフィクションの世界に吸い込まれる

現実と夢の世界・・・その乖離は永遠に交わることはない
ならば、日常と非日常の世界を行き来するのが最高の生き方なのかも知れない
願わくば、実写版映画「釣りキチ三平」のシリーズ化をめざして、第二弾を期待したい

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