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 田んぼに飛来した白鳥の群れ(秋田市下新城 2004.2.21撮影)

 田んぼの雪も解け、盛んにくちばしで突っつく白鳥の群れを見ると、春の訪れがすぐそこまで来たことを実感する。秋田に渡ってくる白鳥は、オオハクチョウとコハクチョウの2種で約3千羽。このうち94%は、オオハクチョウが占める。
森吉山の樹氷
 森吉山(1454m)は、標高1100m付近でブナ林からアオモリトドマツの原生林に変わる。2月14日、阿仁スキー場のゴンドラに乗ってトドマツの樹氷を見学。山頂は、あいにくの強風で、視界が極端に悪かった。デジカメの液晶画面を見るも、一面真っ白で構図の見当がつかない。ただ無茶苦茶にシャッターを押す。
 森吉山の樹氷を満喫するには、ザックを背負い、スキーを履いた冬山登山スタイルがベスト。しかし、こうしたスタイルでも、悪天候に見舞われれば、写真どころではないが・・・。
 トドマツと雪、風の造形美・・・樹氷は、過冷却水滴がアオモリトドマツに吹き付けられ、凍り付き、やがて風上に向かって発達する。妖怪、獣、恐竜・・・見る者の心によって、七変化する「雪のモンスター」だ。
小春日和、雪見の風流を楽しむ
 3月20日、稀に見る快晴・・・上の写真は、鷹巣町明利又。吹雪がパタリと止み、澄み切った青空が広がる。森閑とした雪景色の中を清流が流れ下る。岩魚たちは、淵に潜み、春の足音はまだか、まだか・・・と待ち焦がれているに違いない。
 澄み切った小沢の流れ・・・清流が、久々の陽射しを浴びてキラキラと美しく輝く。
 陽射しを浴びて遊んでいたカモシカが、私の車に驚き、暗い杉林に逃げ込んだ。一定の距離を置くと、警戒心を解き、しばしデジカメにポーズ。
 「祈無事」・・・上小阿仁村五反沢集落にあった標柱。自然の無事、村の無事、家族の無事を祈る標識に釘付けとなった。哲学者内山節さんの「自然の無事」は、この村でも生きていた。
 雪に埋もれた八木沢集落(上小阿仁村)。小阿仁川渓谷の切り立った狭い谷間の道路を萩形ダム方向に走る。かつては陸の孤島と呼ばれた八木沢集落が忽然と姿を現す。小阿仁川に架かる橋を渡ると、雪に埋もれた廃屋が目立つ。
 昭和35年33戸、200人。昭和40年54戸、349名。しかし40年代半ばから激減、現在は数戸に過ぎず、耕作放棄地も目立つようになった。
 廃校となった沖田面小学校八木沢分校跡・・・昭和40年、35名の児童がいたが、閉校となった昭和57年には、たったの1名だった。過疎化の凄まじさが伝わってくる数字だ。雪に埋もれた廃校だが、今なお村人たちの手によって雪囲いと雪下ろしがきちんとされている。

 廃校になって以来20年以上も経っているのに、村人は、来る年も来る年も、なぜ雪囲いと雪下ろし、入り口までの除雪を欠かさないのか・・・もしかして、自分が学んだ廃校が朽ちていく時、この村も無事でなくなっていく不安を感じているのだろうか。この廃校に子供たちの声が蘇ることを夢見ているのだろうか。
 ツララが下がる軒下を一人寂しく歩く老犬。こんな小春日和に、子供の姿が見られないのは、確かに寂しい光景だった。
 渓流に点在する岩に積もった冠雪。まるで雪の帽子をかぶっているようにも見える。
 雪女伝説・・・雪がたくさん降る日には、雪女が雪とともに降りてくる。「小豆こ煮えだかよ。煮えだかよ。包丁こ磨げだかよ。磨げだかよ」といって、泣いている子供らを連れていってしまう。

 昔は邪気を除くために、小正月に小豆がゆを炊いた。小豆がゆが煮えた頃、これを狙って、雪女が空から飛んでくる。雪女は、親の言うことをきかない子供を連れて行ってしまう。この話は、子供をしつける訓戒的な意味を含んでいた。
 寒気の厳しい朝には霧氷がみられる。樹に花が咲いたように美しい。樹氷、あるいは木花ともいう。本来樹氷は、過冷却の雲粒が樹木の枝や幹などに付いて、木一杯に白い花を咲かせたような凍った現象をいう。
春の足音
 上小阿仁村の森は、2月下旬でも今だ「根開き」の現象は見られなかった。
 一転、五城目町に来ると、既に「根開き」の現象が見られる。融雪期になると、雪に埋もれた幹が陽射しを浴びて温まり、その輻射熱で幹の周りの積雪をスリバチ状に解かす。これを秋田のマタギは「根開き」と呼ぶ。つまり根開きは、マタギにとって、春熊狩りのタイミングを判断するために利用していた。

 融け出した雪の表面は、粒が大きく、砂糖のざらめ状になる。この状態を「ざらめ雪」と呼ぶ。
 雪解け・・・小春日和に誘われて戸外に出ると、久しく見たことのない土が顔を出す。こんな光景に出くわすと、長い冬から開放されたような気分になる。
 雪解けの地面から早くも顔を出したフキノトウ(2月21日、五城目町)
 白鳥が数百羽単位で田んぼに舞い降り、餌をあさっている。北のふるさとへ帰る準備だろうか。
 白神山地に雁森岳(がんもりだけ)という山名があるが、これは渡り鳥のガンになんだ名前である。古くから白神山地は、渡り鳥のルートであった。今でも北に帰る渡り鳥は、八郎湖や能代市小友沼から飛び立つと、上空高く大編隊を作り、白神山地へ向かい、山を越えていく。

 雪が解けた田んぼで、北に帰る準備に追われる白鳥の群れを見ていると、「岩魚踊り、山笑う」光景が脳裏に浮かぶ。今年は会結成20周年、メデタイ年だけに気合を入れて春を待ちたい。

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