白神源流1 白神源流2 白神源流3 白神源流4 TOP

 白神山地追良瀬川上流サカサ沢・・・ブナのトンネルをゆく

 今回の夏のイベントは、「世界自然遺産白神山地の源流」をのんびり歩く計画だった。ところが出発する予定の8月9日は、ちょうど大型台風10号が東北を通過するとの情報に悩まされた。山に逆らうと、ろくなことはないので、急遽1日遅らせ、8月10日から14日までの日程に変更した。

 今回のメインルートは、世界遺産白神山地のど真ん中にかすかに残る?、いや、もう薮と化しているであろうマタギルートを辿る沢旅である。そのルートは滝川支流ヤナギツクリの沢から五郎三郎の沢を通って追良瀬川へ抜けるルートだ。大雨が降れば下流からの遡行は無理と分かっていたので、当初から山越えルートを考えていた。しかし、この大雨では、本流を無事下れるかどうか・・・。
遡行概念図作成:カシミール3D+PhotoShop7.0

白神山地源流の沢旅計画ルート(図の番号は白神山地入山指定ルート番号)

 秋田県八森町・真瀬川中ノ又沢――サカサ沢左岸ブナの森C1――二又(追良瀬川本流沢下り)――ウズラ石沢――三の沢――五郎三郎の沢C2(2泊)・・・車止めから約10キロ――源流を詰め、滝川へ――ヤナギツクリの沢――西ノ沢合流点付近C3――西の沢――笹薮の尾根――真瀬川中ノ又沢下降――車止め

 ところが現実はそう甘くなかった。ウズラ石沢まで下ると、気温が17度、水量は普段の倍もあった。泳ぎながら下る計画だったが、とても寒くて泳ぐ気力がなかった。軟弱なパーティ4名はあっさり計画を変更、楽チンモードに切り替えた。
 今回のメンバー・・・右から高橋金光、私、源流一年生・武田美和子、柴田直俊の4名。特に今回初めて白神源流行に参加した美和ちゃんが、果たして無事歩けるだろうか。全くの初心者を安全にサポートできるかどうか・・・それは、我々の力量が問われる沢旅でもあった。

 2003年7月から世界遺産白神山地への入山が許可制から届出制に緩和された。我々は「白神を歩く会」として届出をしたが、津軽森林管理署から電話があり、歩くルートの確認と「一日巡視員」をお願いされた。郵送されてきた証明書には次のように記されていた。「あなたは、遺産地域の適切な保全管理のため白神山地世界遺産地域一日ボランティア巡視員であることを証明します。 平成15年7月30日 津軽森林管理署長」・・・後日、巡視の結果を簡単に報告する義務を負う。

 真瀬川・中の又沢源流二又。
 
 台風通過の影響でまだ雨が降っていた。真瀬川は、いつになく増水、濁ってはいなかったものの、白泡の渦となって轟音を響かせていた。車止めに着くと、まもなくワゴン車がやってきた。私たちと同じく女性1名を加えた4名のパーティだった。聞くところによると、西の沢を下って滝川へ行くという。この時、我々とは全く違うルートだっただけに、まさか運命的な再会をするとは夢にも思っていなかったが・・・。
 車止めから最も低い県境コルまで標高差410m、水平距離2.8キロ。初めて歩く美和ちゃんは、想像していた以上にツライ遡行のようだった。山越えルートは、増水の影響を回避できる最も安全なルートだが、5日分の荷の重さと猛烈な薮こぎ、高巻きに悪戦苦闘が続いた。踏み跡がわずかに残るだけの山越えルートは、初心者にとって殊の外きついに違いないと予想はしていたが・・・歩くスピードが極端に遅く、果たして5日間、無事に歩けるだろうかと心配になるほどだった。しかしウサギではなく亀のような歩き方でも、歩き続ければ必ず目的地に辿り着けると確信していた。それは美和ちゃんの経験や体力は全くの未知数だったが、精神力、白神を歩きたいとの情熱が人一倍強かったことを知っていたからである。例え初心者であろうと、女性であろうと、情熱さえあれば、苦労が何倍にも膨れ上がった感激となって返ってくる。それが白神山地の素晴らしさだ。
 猛烈な笹薮に覆われた県境コルを越え、サカサ沢源流に下る。
 県境のコル周辺は、極上のタケノコが生える。田植え仕事が一段落した5月下旬から6月上旬ともなると、地元のタケノコ採りで賑わう場所でもある。しかし、タケノコが大好物な熊も多いので注意が必要だ。
 サカサ沢源流は、水が流れていない窪地になっている。その窪地を下れば、落差の大きい崖に行く手を阻まれる。右手の笹薮とブナが林立する急峻なヤセ尾根を下る。下り終えると、先行していた4名のパーティに出会う。中の又沢を詰め、西の沢へ抜けるルートは、迷いやすい。我々がよく使うルートは、尾根沿いの猛烈な笹薮を忠実に辿るコースだが、それとは違う沢から沢へのルートを行くらしい。お互いに「気をつけて」と声を掛け合い別れた。
 滝川支流西の沢をゆく、平成5年撮影。
 赤石川支流滝川、平成5年撮影。
 赤石川支流滝川のシンボル・アイコガの滝、平成5年撮影・・・アイコガの滝は、三段からなる滝で、下段の壷でイワナを釣れば、必ず雨が降るとの言い伝えがある。試しに一匹だけ下段の壷でイワナを釣ったら、すぐに雨が降ってきた。これには、さすがに驚いた
 サカサ沢を下ると、雨もやみ久しく見ることがなかった青空が顔を出した。美和ちゃんもやっとデジカメを出す余裕が生まれたようだ。サポートしてきた金光さんも、思わず笑みがこぼれる。沢を下ると水が濁って飲めなくなる。綺麗な水が流れる枝沢合流地点で遅い昼食をとる。
 滝や際どいヘツリがある場所では、二人で美和ちゃんをサポートしながら安全に下る。パーティは常に最もレベルの低い人に合わせて歩くのが鉄則だ。先頭は私、二番手に初心者の美和ちゃん、三番手は柴ちゃん、最後尾は金光さんという順で歩く。私の速度が速いのか、後続が見えなくなることもしばしばだった。慣れない先頭は、初めての人の速度がなかなかつかめず難しい。
 急斜面の高巻き場所は、私が布テープ10mを二本持って登り、太いブナの木にスリングを巻き付け、テープを二重に仕掛ける。金光さんがまず模範を見せるように荷を担ぎながら登る。布テープに頼らず、足場を固めながら登るのがコツだ。念のため、美和ちゃんには空身で登ってもらう。上の写真は、美和ちゃんの荷を背負って登る柴ちゃん。
 サカサ沢右又魚止めの滝(帰路に撮影)。右手は簡単に巻けるルートだが泥壁で掴む木もなく滑りやすい。安全を期すなら、左手を巻くのがベターだ。ただし、ザイルが必要だ。
 ここは左を際どくヘツル。写真は帰路に撮影したものだが、下る当日は水量がこの倍もあった。この滝壺は意外に深い。上下流で布テープを張ってサポートしたが、足元が滑って美和ちゃんがこの壷に落ちてしまった。腰上まで入ってしまったが、無事着地したので、お互いに失敗を笑い飛ばす。失敗は成功の元、どうってことないさ。
 サカサ沢源流二又で記念撮影(帰路に撮影)。左の沢が下ってきたルート、右の沢は真瀬川三の又沢から下るルートだ。この尾根からは、ブナの樹海と白神岳稜線が真正面に見える絶景の地だ。ここからテン場跡があるサカサ沢二又まで間もなくだ。 
 ブナの森とゴミ一つない素敵なテン場

 車止めから6時間、やっとサカサ沢二又テン場に到着。亀のような遡行だったが、まずまずと言っていいだろう。今夜は雨の降る気配もないので、ブルーシートを張るのを省略、テントだけとする。熱いコーヒーを飲んだ後、ミズを採取しながら左の沢を散策。
 猿の足跡

 イワナがあちこちに走る姿を見ながら、楽しく歩く。すると右手が開けた斜面に猿の群れが・・・暗く撮影できなかったのが残念だが、あちこちの薮で何かを食べているらしく、草木が激しく揺れていた。野生の猿を見るのが初めてという美和ちゃんは、まるで子供のようにはしゃぎまわる。その姿を見ていると、自分も童心に帰ったように猿の動きに釘付けとなってしまった。
 サカサ沢源流右の沢魚止めの滝2段7m。

 滝壺は決して深くないが、イワナは群れていた。近づくと石に隠れたが、尻尾が丸見えだった。「オヤジ達の渓遊び」の管理人小平さんに刺激され、急遽調達した「Sony Cyber-Shot U」で水中撮影を試みだが、ヘタクソでイワナは写っていなかった。残念・・・

 サカサ沢源流部は、深い森の中を延々とザラ瀬が続く穏やかな渓で、もともとイワナの種沢的な存在だ。しかも追良瀬堰堤からサカサ沢源流まで遡上を阻む滝は皆無だ。ツツミ沢合流点下流にマス止めの滝があるが、落差はわずか1m程度に過ぎない。全山燃えるような黄葉に染まると、本流から大型イワナたちがペアを組み大挙遡上することだろう。その産卵シーンは、恐らく国内最大の規模だろう。それだけにその瞬間を見てみいたとの強い衝動に駆られた。また一つ夢が増えてしまった。
 二又下流から上流を撮る。右手高台が今夜のテン場だ。日が暮れる頃、車座になってホットウィスキーを飲む。会結成の原点でもある白神談義、落ちこぼれ人生談義をしていると、いつの間にか日もどっぷりと暮れた。午後7時30分過ぎ、暗闇から突然人の声が聞こえてきた。まさか、こんな暗闇で人に出会うなんて、今まで一度もなかった。それだけに幻聴か、とも思ったほどだ。
 遭難寸前の4名と記念撮影。

 何と暗闇から姿を現したのは、昼に別れたはずのリーダーと女性の二名だった。右手に懐中電灯を持ち、全身ずぶ濡れで足元は明らかにふらついていた。山は暗闇の中を歩くものではない。それだけに、一瞬夢でも見ているのかと思った。

 聞けば、サカサ沢源流を詰め、西の沢へ下るまでは良かったのだが、どうも下る沢を間違えたらしい。屹立する25mほどの滝に行く手を阻まれ、かつて記憶に残っていたサカサ沢源流のテン場を目指して引き戻したらしい。しかし、暗闇の中を下るのは危険極まりない。

 リーダーは、魚止めの滝の泥壁を尻から滑り落ち、際どいヘツリでは深い滝壺に落ちたという。「暗闇の中、明かりが見えた時には何ともいえない安堵感がありました」と語るリーダーの言葉がやけに心に刺さった。後続の二名は、遅れること30分、午後8時を回っていた。車止めから白神の源流を彷徨うこと11時間。暗闇の沢に何度も転び、びしょ濡れ、疲労困憊・・・挙句の果てには幻聴、妄想にかられたという。
 サカサ沢二又下流のブナ林とチシマザサ群落

 すみやかにテン場を開け、ささやかな手料理をご馳走した。助かった、といわんばかりの安堵の表情と貪り食う姿を見ていると同情の念は禁じ得なかった。後は、8名で、ホットウイスキー、冷酒、焼酎、熱燗・・・チャンポンで二日酔いになるほど飲み語らった。静かなはずの追良瀬川源流は、一転賑やかな源流酒場と化した。これこそシナリオにはないドラマそのものだった。

 ・・・「人間どん底に落ちれば、それ以上落ちることはない」・・・どん底を見たものは、小さな幸せ、ささやかな日常の暮らし、お互いに助け合い、支えあう仲間の有難さ、生きている喜びを実感することだろう。白神は、「命、循環、共生とは何か」「人生とは何か」・・・を教えてくれる偉大な学校だと改めて思った。

参考:世界遺産・白神山地核心地域内指定ルート及び入山届出について
 保存地域の入山は、津軽森林管理署(FAX0172-27-0733)に入山届出が必要。
 その際「一日ボランティア巡視員」を引き受け、遡行後、
 巡視の結果及び保存地区の管理のあり方等について意見を述べるようにしてください。
 世界遺産指定地域内の河川は全て釣り禁止につき注意。
 その他注意事項は、手続き要領を参照。

白神山地核心地域内指定ルート図&現地状況一覧表
核心地域入山手続き要領

白神源流1 白神源流2 白神源流3 白神源流4 TOP

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送